板前だった私が婚活カウンセラーになったワケ。
「ドンドンドンドンドン・・・」
玄関の扉を叩く音が鳴り響く。
夜中の1時過ぎ私と姉は2人で身を潜め、
ブルブル震えていた。
父が経営していた会社が倒産し、債権者が
取り立てに来たのだ。
当時私は小学6年生で今から39年前である。
39年も前の出来事だが未だに記憶が鮮明に
残っている。
父と母は会社が倒産後、しばらく家を
離れていた。
そのため私と姉は祖父母の家に
引き取られていた。
もう自宅には戻れないかもしれないと
私と姉は話し合い、債権者が来た
「あの日」に2人で自宅に
たまたま戻っていたのだ。
「ドアば開けろ〜〜!!!」
「おるとは分かっとるとぞ〜〜!!!」
私は子供ながら「もうダメばい・・・」と
思いながら泣き声を漏らさないように
自分の口に手を当てて、なんとかこらえていた。
30分ほど経ったら、怒鳴り声が急に止んだ。
あまりに酷かったため、近所の人が警察に通報
してくれたのだ。
私と姉はホッとして、その後大声をあげて
泣いた記憶がある。
会社が倒産してからはテレビ局が自宅に
来るほどだったので、今になって考えて
みると、そこそこの会社だったのかも
しれない。
私は小学6年生だったので、最後の運動会は
祖母が作ってくれた弁当を忘れることは
できない。
祖父母と3人で食べたことも・・・
今は二人とも天国にいるが、
じいちゃん、ばあちゃん、
ありがとうね。
私が中学2年生の時に両親は
焼き鳥屋を始めた。
当然、お金は無かったので身内に
借金をして開店したのだ。
両親が飲食店を始めたのがきっかけで、
私自身も飲食業に次第に興味が湧き、
福岡の専門学校を卒業後、
板前の道に進むことを決意した。
(多少、他の仕事もかじってはみたが・・・)
福岡の大名・長崎の銅座で修行した後、
26歳の時に両親が経営していた
焼き鳥屋を継ぐことを決意した。
が・・・
母は猛反対。
何故なら当時はバブルが崩壊して、
売上も減少、お客さんも来ない日が
あったから。
それに加えて、父が病気をしており、
母から言われた言葉は
「あなたと共倒れはできない・・・」
当然母からしてみれば息子のことを
思うとそうだろう。
だが私は長男ということもあって、
母の意見を押し切り26歳で店を強引に
継ぐことにした。
店の屋号を変え、焼き鳥屋から
和食居酒屋へ
業態をガラッと変えた。
何もかもがマイナスからのスタート。
自分の給料さえ出るか分からなかった。
でも自分で決めた道。
自分を信じて貫いた。
10年間貫いたことが1つだけある。
それは毎月のチラシ配り。
毎月2,000件、雨の日も配った。
途中、何回も挫折しそうになった時も
あった。
涙が出た時もあった。
ただ、チラシ配りをしないといけない
理由があった。
それはお客さんに来てもらうのは
当たり前だが、立地条件が悪すぎた。
1人でも多くのお客さんに来てもらう
ためには、自分の足で稼ぐしかなかった。
いつの日かお客さんがお客さんを呼んで
くれて、スタッフにも恵まれ、皆さんの
おかげで40歳までに5店舗の飲食店を
出すことができた。
しかし...
44歳に差し掛かった頃、私は仕事に
対して、
「このままでいいのだろうか・・・」と
自問自答する日々が多くなってきた。
飲食業には達成感があり、次第に何か
他に自分にできることはないだろうか...
と考える日々が多くなった。
そんな矢先、亡き父の言葉が浮かんできた。
「人を幸せにする職業はとてもやりがいが
あり、社会貢献に繋がる。」
実は父が倒産した会社は
ブライダル業だった。
貸し衣裳をメインにしている会社だったが、
当時私は小学6年生だったので、実際父の
仕事内容は漠然としていた。
しかし、小学5年生の時、
「将来の夢は父の会社を継ぐこと。」
という題名で作文を書いた記憶が
ずっと残っていた。
私は人生で二度目の決意をした。
「よし。亡き父のリベンジをする。」
そう思った私は飲食店をスタッフに譲り、
45歳で結婚相談所を立ち上げた。
相談所を立ち上げた理由は他にもある。
それは長崎の人口減少は大変なことに
なっている。
また、人口流出においては
長崎市が全国でワーストワン。
県庁所在地の長崎市が・・・なぜ・・・
全国の市町村数は1724・・・
酷すぎる。
1組でも多く成婚者を出せば、
父が言っていた
社会貢献に少しは繋がる。
とはいえ、今まで板前だった私がいきなり
畑違いの仕事をできるはずがない。
と周囲からも再三言われたが、
意見を押し切り、
1年間勉強し、
・仲人カウンセラー
・メンタル心理カウンセラー
・コーチ講師等の資格を修得した。
結婚相談所を立ち上げて4年弱だが、
今ではありがたいことに九州では
会員数・成婚者もトップクラス。
他の相談所と1番違う点は、
以前はカフェだったため、
気軽にカフェ感覚で男性も女性も
来店することができます。
私は「日本一成婚者を出す結婚相談所」
になることが今の目標です。
最後までお読みくださり
ありがとうございました。
最後まで読んでくださったあなたに。。。
『奇跡は必ず起こります。』
『自分を信じて諦めなければ、
必ず未来は開けます。』
『勇気を持ってまず1歩を。』
私が背中を押しますので、
安心してください。
最後までお読みくださり、
ありがとうございました。
マリッジカフェ gem's 山口 健太郎